償いと試練編⑤

○誕生時

 彼の霊は、魂の向上に必要な体験を得るため地上で生活することになり、地上生活に必要な肉体を授かることとなりました。これは、霊が構成要素の異なる地上物質に影響を与えるには、同じ物質である肉体を仲介する必要があるためです。

 彼が肉体を授かった地上は、構成要素が複数存在しており、それぞれの層が浸透し融合しています。その地上は、七つの階層から構成された三つの層に位置しており、その三つの層のうち、最下層に位置する層の最上に位置しています。

 先ほども申し上げたとおり、これらの層は構成要素を異にするため人間の肉眼では捉えることはできませんが、たしかに存在し浸透しています。したがって、「層」という言葉を用いていますが、これはこうした事実を便宜上表現するためやむなく用いているものです。

 地上周辺でもこうした事例は、自然界の自然法則としていくらでも存在していることがわかっています。肉眼で捉えられない例としては、携帯電話の電波やX線や赤外線は目に見えません。電力は目に見えませんが、電子機器を作動させています。浸透現象の例としては、羽ばたく前の蝶は、たしかにさなぎの中に存在します。芽吹く前の花は、確かに地中の種に存在します。この自然界の原理と同じくして、我々の霊はその肉体の中に存在し、浸透しているのです。

 こうした自然法則が、設計者なしに地球上の進化の過程で自然発生的に生じることはあり得ません。私たちが建築する建物が、地球の進化の過程で自然に発生することがないのと同じです。

 我々地上の人間では、こうした地球の仕組み、いわば自然法則を設計し作り出すことはできないことに異論は生じ得ません。「いや、そんなことはない。私にはそれができる。」という者がいたとしたら、その霊こそ己の分をわきまえない、神の御名を犯すがごとき傲慢で高ぶる者なのです。

 さて、そのような地上で肉体を持っている自我達は、粗暴な暴力が支配する世界からようやく向けきろうとしていましたが、依然として悪が広く支配しておりました。すなわち、物質に覆われたその内部に善がかすかに灯っているものの、まだまだ赤子同然で未熟な霊たちが集まっているのです。

 自我は成長しなければ退化するという自然法則に従い、後退することもあることからそれらの未熟な霊達を救済するため、御父の愛により、これまで幾度に渡り上層に位置する界から成長を積んだ霊が派遣され真理の伝道者となっています。

 そこで先駆者は預言者とも呼ばれており、彼らは自己の利益を放棄し、利他を貫き、己のいかなる損害にかかわらず、神の真理の伝道者たる役割を全うしました。旧約および新約聖書の記載を一言一句用いることは信仰の基礎として不安定ですが、その足跡と経過が記されている資料となっています。

 そして、残念なことに地上の人間は、自らその未熟さに端を発する悪を犯したことにより、その恩恵を自ら捨て去り、自ら恩知らずの者となる道を選択したことから、その進化は遅々としているのです。