神と仏編㉟

A「正しい信仰に基づき、泰然自若の精神で日常生活に臨むことが肝心だと言われていますが、実践することは難しいと思います。」

B「そのとおりです。どんなに肉体を鍛え上げ、強靱と化しても心は動いてしまうものです。大切なのは、動揺を感じたらそれが軽微なうちにすぐに対処し、もとの精神状態へ回復させることです。そうすれば、負の感情が思考へ与える影響も最小限に抑えることができます。」

A「動揺することは防ぎようがないと言うことですね。」

B「はい、心の動揺は絶対になくすことができません。心が動揺しないのであれば、そもそも不動の精神という概念も存在しません。悪がなければ善も存在しません。闇がなければ光も存在しません。怒りがなければ、愛するということも存在しません。」

A「わかります。」

B「動揺はなくすことができないので、それが広がらないよう早めに対処してダメージが軽いうちに心を回復させるというのがコツというわけです。」

A「動揺が小さいうちに深呼吸して、意識的に精神的回復を図るのが特殊部隊員の鉄則であると聞いたことがあります。」

B「心が揺らぐとき、従順な肉体はすぐに変化を表します。呼吸が浅くなったり、体が硬くなったりするなど、必ず身体的な変化が生じるものです。まず、そうした体のサインに意識を向けることです。体が発する声を聞き、こうした兆候を少しでも感じたなら、すぐに深呼吸をしてください。」

A「あせらない、というのも重要な心がけだと思います。」

B「そのとおりです。『ゆっくり行う』というのは、実は特殊部隊の要員の大事な行動原理です。その理由は、それだけで多くの気づきを得ることができるからです。大切なことを見落とす心配もなくなります。人の精神状態はテンポにわかりやすく現れます。脈拍だったり、話す速度だったり、呼吸のスピードにそれが現れるわけです。緊張するとそれらがだんだんと速くなってくるものです。『ゆっくり』というのは、こうしたテンポアップを意識的に整えるための行動です。」

A「緊張状態にある人は、その『ゆっくり』ができていないのでしょうね。」

B「はい。人からストレスを受けた場合は、そのストレスを与えた人物に注目するのではなく、まず自分の状態に目を向けてください。脈拍は正常か、呼吸は浅くなっていないか、肩に余計な力は入っていないか、顔が強ばっていないか、といった自分の状態に目を向けたうえで、自分の体の異常値を取り除いた後にその相手に対処しましょう。自分が直面している危機も、ゆっくり、冷静に分析すれば解決策が生まれるということが多々あります。」

A「言うは簡単ですが、行うとなると難しそうです。」

B「怒りに我を忘れているのであれば難しいでしょうね(笑)。そうなる前に手を打つのです。ゆっくりやることで緊張を解き、口角を上げ意識して笑い、普段の落ち着きをを取り戻したら、ストレスの原因となっている恐怖心の正体をじっくりと観察することです。戦場で身の安全を確保できるのは洞察力があり、注意深い人です。そのため、特殊部隊の隊員は『知る=観察=情報収集』というプロセスを非常に大事にしています。」

A「人は知らないことに恐怖心や緊張を抱きます。そして、恐怖心は人の視野を狭め、さらなる恐怖心を植え付けるという負のスパイラルを起こします。よく戦場でパニックに陥った兵士を目にすることがあります。」

B「パニックに陥り、どうしていいかわからないという人は、この悪循環に陥ってしまっていることがほとんどです。この場合のパニックとは、怒りや悲しみで我を忘れた状態の人のことも指します。そのため、まずは取り巻く現実を受け入れ自分が何を恐れているか、じっくり自分を観察しましょう。仕事がなくなってしまい困っているなら職を探せないか、または自分で仕事を作れないかなど、できることを徹底的に調べてみることです。肉親の態度に怒り苦しむ者はまず自分の体を観察し、異常があるなら正常に戻すよう努め、その原因が何かを観察し、原因を取り除くために自分ができることを考えることです。対応策はすぐに見つかるとは限りません。しかし、そういった対策に集中することで、怒りで我を忘れ、パニック状態に陥るよりは良いと考えられます。」

A「優秀な特殊部隊員とは、そうして自分の精神をコントロールすることに秀でた隊員のことを指すのですね。」

B「必ずしもそうと断言できません。精神のコントロールとは単なる技術であり方法です。一方で、特殊任務を命じられるような優秀な隊員は、至上命題として『生き残ること』を掲げています。銃弾が飛び交う戦場という極限状態における勝者とは、相手を打ち負かすことができるひとでも、何かを破壊できる人でもなく、最後まで諦めず生き残ることができた人なのです。