神と仏編㊱

 人間の体は、ストレスを感じると変化が生じます。例えば、心拍数が上がり、呼吸が浅くなり、アドレナリンなどの化学物質の血中濃度が高まります。

 こうした反応は肉体の素直な耐ストレス反応であり、その反応に従って行動することで好ましい結果をもたらす場合があります。

 「研究助成金の申請書を書くときは、落ち着いて書くよりむしろ不安な方がやる気になる。」と、氏は言います。ただし、その状態が長時間続くと、心身の機能に支障が生じます。体が異常事態にある状態が続くためです。したがって、体がストレス反応を起こすことそれ自体は身を守るために必要な機能と考えられますが、その状態はできるだけ早く解消した方が良いということになるのです。

 そこで登場するのが、レジリエンスという考え方です。科学用語でレジリエンスとは、ストレスとなる出来事の後、速やかに心身を正常な状態に戻す能力のことをいいます。ショッキングな出来事があったとき、比較的早く立ち直る人もいれば、ずるずると引きずり長引く人がいることは昔からわかっていますが、なぜ人によってその違いが生じるのかはよくわかりませんでした。

 人体の耐ストレス機能を研究する研究者は、その違いは自分の体の状態を見つめる能力、または見つめ方と関係しているのではないだろうか、と考えました。

 そこで氏たちは、まず軍でも精鋭の特殊部隊の兵士たちを対象に実験を行いました。

 実験開始後、すぐに被験者の脳の活動に共通するパターンが見つかりました。息苦しくなってくると、彼らの脳内では、心拍数や呼吸の変化など体のシグナルを受け取る領域の活動が非常に活発になったのです。しかし、その領域が、体の興奮を高める領域に向けて発する信号はわずかでした。

 一方で、レジリエンスが低いと判定された人たちは、特殊部隊の隊員たちの脳とは正反対の働きを始めました。すなわち、体からのシグナルをモニタリングする領域の活動は極めて低調だったのに対し、呼吸が苦しくなると、生理学的な興奮を高める脳の領域が非常に活発に活動し始めたのです。

 彼らは、呼吸が困難な状況に至るまで、心拍数の上昇といった体のサインにほとんど注意を払わず、具体的な脅威が生じると反応、しかも原始的な暴力を伴うような過剰反応を示したのです。こうした脳の反応の仕組みが、体が冷静な状態に戻ることを難しくし、レジリエンスを低下させるのだと研究チームは結論を出しました。

 極端な状況に対処する訓練を受けている人たちの脳は、体がパニック状態に陥り始めるのを理性的に見つめることができる方法を心得ているとともに、その状況に反応しようとする肉体の原始的な反応を抑制することができていたのです。だから、ストレスを経験しても過剰反応せず、身体的にも精神的にも立ち直りが早かったといえます。

 いかに肉体は霊の指示を受け動くという原則に立ったとしても、そして、いかに霊的に知的な人であったとしても、自分の体に起きていることに耳を傾けないと逆境からすばやく立ち直れないかもしれないということになります。

 「こうした体内のコミュニケーションは、意識を集中した呼吸を毎日数分するといった単純な訓練で高まる可能性がある」と氏は言います。息を吸ったり吐いたりするという単純作業に静かに意識を集中するのです。

 それをしばらく続けると、「心配なことが起きたとき呼吸を変えること。そして、その反応に引きずられないことが重要であること。」に気づきます。そうすれば、ストレスフルな状況に対する自分の反応を改善できるかもしれないのです。

 苦しい状況が続いて心が折れそうなときは、別の側面から状況を”再評価”してみるのも有効です。ある記者が海軍特殊部隊や陸軍レンジャー部隊などの隊員から教えてもらった方法のうち、数多くあげられ方法が、「視点を変える」ということです。

 これは一言で言うと、”再評価”、つまり物事の見方を変えるということです。過酷な訓練を乗り切った屈強な隊員たちは皆口をそろえて言います。達成することが不可能に見えるほど過酷な訓練をゲームだと思い込むことで乗り越えられた、と。

 苦しみに対処するのに、「あきらめないこと」という精神的強靱さはとても重要です。それと同時に、「心があきらめないようにする方法」という思考方法を身につけることも重要です。