神と仏編㊲

 ある人が誰かの心を傷つけたとしたとき、そのある人を裁くのは、神ではありません。また、ほかの誰かがその人を裁くわけでもありません。彼を裁くのは、ご覧なさい、彼自身なのです。

 したがって、彼らがあなたを侮辱するときは、この言葉は彼ら自身に向けられた言葉なのですから、心を揺さぶられることはありません。勇気を持って受けてください。

 

 私たちは他人の罪を裁かず、罰せず、ただひたすら愛をもって導くこととしています。したがって、人に説教するときは、よくよく慎重であらねばなりません。

 すべての人間が、自分の思念と言葉と行為に慎重でなければなりません。

 ただし、語ると決めたら遠慮なく思いのままをしゃべることです。誠意さえあれば、その考えが間違っていたとしても、間違いを恐れて黙っているよりは歓迎されます。

 たいていの人間は、自分の中にある何か高いものを求め始めるときの、いらだちと不安を覚えますが、いつもすぐにそれを引っ込めてしまいます。というのも、上り行く道は険しく難儀に満ち、落後するものが多いからです。

 その道を最後まであきらめず頑張って行けば、その労苦も報われますが、彼らがそこまで悟れることは稀です。

神と仏編㊱

 人間の体は、ストレスを感じると変化が生じます。例えば、心拍数が上がり、呼吸が浅くなり、アドレナリンなどの化学物質の血中濃度が高まります。

 こうした反応は肉体の素直な耐ストレス反応であり、その反応に従って行動することで好ましい結果をもたらす場合があります。

 「研究助成金の申請書を書くときは、落ち着いて書くよりむしろ不安な方がやる気になる。」と、氏は言います。ただし、その状態が長時間続くと、心身の機能に支障が生じます。体が異常事態にある状態が続くためです。したがって、体がストレス反応を起こすことそれ自体は身を守るために必要な機能と考えられますが、その状態はできるだけ早く解消した方が良いということになるのです。

 そこで登場するのが、レジリエンスという考え方です。科学用語でレジリエンスとは、ストレスとなる出来事の後、速やかに心身を正常な状態に戻す能力のことをいいます。ショッキングな出来事があったとき、比較的早く立ち直る人もいれば、ずるずると引きずり長引く人がいることは昔からわかっていますが、なぜ人によってその違いが生じるのかはよくわかりませんでした。

 人体の耐ストレス機能を研究する研究者は、その違いは自分の体の状態を見つめる能力、または見つめ方と関係しているのではないだろうか、と考えました。

 そこで氏たちは、まず軍でも精鋭の特殊部隊の兵士たちを対象に実験を行いました。

 実験開始後、すぐに被験者の脳の活動に共通するパターンが見つかりました。息苦しくなってくると、彼らの脳内では、心拍数や呼吸の変化など体のシグナルを受け取る領域の活動が非常に活発になったのです。しかし、その領域が、体の興奮を高める領域に向けて発する信号はわずかでした。

 一方で、レジリエンスが低いと判定された人たちは、特殊部隊の隊員たちの脳とは正反対の働きを始めました。すなわち、体からのシグナルをモニタリングする領域の活動は極めて低調だったのに対し、呼吸が苦しくなると、生理学的な興奮を高める脳の領域が非常に活発に活動し始めたのです。

 彼らは、呼吸が困難な状況に至るまで、心拍数の上昇といった体のサインにほとんど注意を払わず、具体的な脅威が生じると反応、しかも原始的な暴力を伴うような過剰反応を示したのです。こうした脳の反応の仕組みが、体が冷静な状態に戻ることを難しくし、レジリエンスを低下させるのだと研究チームは結論を出しました。

 極端な状況に対処する訓練を受けている人たちの脳は、体がパニック状態に陥り始めるのを理性的に見つめることができる方法を心得ているとともに、その状況に反応しようとする肉体の原始的な反応を抑制することができていたのです。だから、ストレスを経験しても過剰反応せず、身体的にも精神的にも立ち直りが早かったといえます。

 いかに肉体は霊の指示を受け動くという原則に立ったとしても、そして、いかに霊的に知的な人であったとしても、自分の体に起きていることに耳を傾けないと逆境からすばやく立ち直れないかもしれないということになります。

 「こうした体内のコミュニケーションは、意識を集中した呼吸を毎日数分するといった単純な訓練で高まる可能性がある」と氏は言います。息を吸ったり吐いたりするという単純作業に静かに意識を集中するのです。

 それをしばらく続けると、「心配なことが起きたとき呼吸を変えること。そして、その反応に引きずられないことが重要であること。」に気づきます。そうすれば、ストレスフルな状況に対する自分の反応を改善できるかもしれないのです。

 苦しい状況が続いて心が折れそうなときは、別の側面から状況を”再評価”してみるのも有効です。ある記者が海軍特殊部隊や陸軍レンジャー部隊などの隊員から教えてもらった方法のうち、数多くあげられ方法が、「視点を変える」ということです。

 これは一言で言うと、”再評価”、つまり物事の見方を変えるということです。過酷な訓練を乗り切った屈強な隊員たちは皆口をそろえて言います。達成することが不可能に見えるほど過酷な訓練をゲームだと思い込むことで乗り越えられた、と。

 苦しみに対処するのに、「あきらめないこと」という精神的強靱さはとても重要です。それと同時に、「心があきらめないようにする方法」という思考方法を身につけることも重要です。

神と仏編㉟

A「正しい信仰に基づき、泰然自若の精神で日常生活に臨むことが肝心だと言われていますが、実践することは難しいと思います。」

B「そのとおりです。どんなに肉体を鍛え上げ、強靱と化しても心は動いてしまうものです。大切なのは、動揺を感じたらそれが軽微なうちにすぐに対処し、もとの精神状態へ回復させることです。そうすれば、負の感情が思考へ与える影響も最小限に抑えることができます。」

A「動揺することは防ぎようがないと言うことですね。」

B「はい、心の動揺は絶対になくすことができません。心が動揺しないのであれば、そもそも不動の精神という概念も存在しません。悪がなければ善も存在しません。闇がなければ光も存在しません。怒りがなければ、愛するということも存在しません。」

A「わかります。」

B「動揺はなくすことができないので、それが広がらないよう早めに対処してダメージが軽いうちに心を回復させるというのがコツというわけです。」

A「動揺が小さいうちに深呼吸して、意識的に精神的回復を図るのが特殊部隊員の鉄則であると聞いたことがあります。」

B「心が揺らぐとき、従順な肉体はすぐに変化を表します。呼吸が浅くなったり、体が硬くなったりするなど、必ず身体的な変化が生じるものです。まず、そうした体のサインに意識を向けることです。体が発する声を聞き、こうした兆候を少しでも感じたなら、すぐに深呼吸をしてください。」

A「あせらない、というのも重要な心がけだと思います。」

B「そのとおりです。『ゆっくり行う』というのは、実は特殊部隊の要員の大事な行動原理です。その理由は、それだけで多くの気づきを得ることができるからです。大切なことを見落とす心配もなくなります。人の精神状態はテンポにわかりやすく現れます。脈拍だったり、話す速度だったり、呼吸のスピードにそれが現れるわけです。緊張するとそれらがだんだんと速くなってくるものです。『ゆっくり』というのは、こうしたテンポアップを意識的に整えるための行動です。」

A「緊張状態にある人は、その『ゆっくり』ができていないのでしょうね。」

B「はい。人からストレスを受けた場合は、そのストレスを与えた人物に注目するのではなく、まず自分の状態に目を向けてください。脈拍は正常か、呼吸は浅くなっていないか、肩に余計な力は入っていないか、顔が強ばっていないか、といった自分の状態に目を向けたうえで、自分の体の異常値を取り除いた後にその相手に対処しましょう。自分が直面している危機も、ゆっくり、冷静に分析すれば解決策が生まれるということが多々あります。」

A「言うは簡単ですが、行うとなると難しそうです。」

B「怒りに我を忘れているのであれば難しいでしょうね(笑)。そうなる前に手を打つのです。ゆっくりやることで緊張を解き、口角を上げ意識して笑い、普段の落ち着きをを取り戻したら、ストレスの原因となっている恐怖心の正体をじっくりと観察することです。戦場で身の安全を確保できるのは洞察力があり、注意深い人です。そのため、特殊部隊の隊員は『知る=観察=情報収集』というプロセスを非常に大事にしています。」

A「人は知らないことに恐怖心や緊張を抱きます。そして、恐怖心は人の視野を狭め、さらなる恐怖心を植え付けるという負のスパイラルを起こします。よく戦場でパニックに陥った兵士を目にすることがあります。」

B「パニックに陥り、どうしていいかわからないという人は、この悪循環に陥ってしまっていることがほとんどです。この場合のパニックとは、怒りや悲しみで我を忘れた状態の人のことも指します。そのため、まずは取り巻く現実を受け入れ自分が何を恐れているか、じっくり自分を観察しましょう。仕事がなくなってしまい困っているなら職を探せないか、または自分で仕事を作れないかなど、できることを徹底的に調べてみることです。肉親の態度に怒り苦しむ者はまず自分の体を観察し、異常があるなら正常に戻すよう努め、その原因が何かを観察し、原因を取り除くために自分ができることを考えることです。対応策はすぐに見つかるとは限りません。しかし、そういった対策に集中することで、怒りで我を忘れ、パニック状態に陥るよりは良いと考えられます。」

A「優秀な特殊部隊員とは、そうして自分の精神をコントロールすることに秀でた隊員のことを指すのですね。」

B「必ずしもそうと断言できません。精神のコントロールとは単なる技術であり方法です。一方で、特殊任務を命じられるような優秀な隊員は、至上命題として『生き残ること』を掲げています。銃弾が飛び交う戦場という極限状態における勝者とは、相手を打ち負かすことができるひとでも、何かを破壊できる人でもなく、最後まで諦めず生き残ることができた人なのです。

神と仏編㉞

A「私にとって、魂の貴重な教えである真理を学び取るために課せられる試練は、軍隊の訓練に等しいものがあると思います。言ってみれば、日常生活の時点で有事の中にあるのと変わらないのです。したがって、苦しみを乗り越え、真理を学んでいくには、軍隊におけるサバイバル術が必要になると考えています。」

B「たしかに、飲まず食わずの生活を強いられているあなたがそのように考えるのは無理もありません。あなたは地上で生活する間、自分の体を守らなければならない。同時に、子供も守っていかなければならない。」

A「ある軍隊の特殊部隊で豊富な実戦経験がある隊員が言っていました。『戦争は3日で終わらない。踏ん張らなければならないときは限界を超えて踏ん張るが、休めるときは、特に睡眠をとれるときは徹底して眠ることが大事です。そのためには休む環境を整えることです。空腹をある程度満たし暖を確保したなら、次に精神面でリラックスするため頭を空にするよう努めます』。」

B「まずは肉体をケアするのですね。肉体は魂が地上で体験を得るために必要なのですから、その姿勢は当然です。肉体をケアしたら、次は精神を休ませる。こうして、魂と肉体のバランスを取っていくのですね。」

A「日本とアメリカの部隊の違いについて、ある隊員は語りました。短期決戦では間違いなく日本の部隊の方が強いそうです。しかし、短期決戦が何度も続くとなると状況は変わってきます。短期決戦を繰り返した後で疲労困憊している日本の部隊に対して、実戦経験が豊富なアメリカの隊員は平然としているのです。

 優秀な部隊ほど、休めるときは徹底して休んでいます。休むことを中心に部隊の行動計画を組み立てているといってもよいでしょう。緊急性を伴う事態が生じたときに、部隊が疲労困憊していてはパフォーマンスが落ち、いざというときに頑張ることができません。」

B「いつ休むべきか、またはいつ踏ん張るべきかについては、部隊の意思決定の優先順位に基づくことかと思います。すなわち、そのタスクが任務の役に立つかどうか、次にチームの役に立つかどうか、次に自分がどのように役に立つか、ということです。」

神と仏編㉝

 軍隊のどの訓練においても、素晴らしい働きをする者たちはいます。ある訓練課程では、いくつかあるボートクルーのうち、ブルーチームが全レースを制覇していました。

 彼らは毎回努力し、文字通りチーム一丸となって戦っていました。ブルーチームには優秀な指揮官がいて、隊員も意欲的で誰もがしっかり働いているように見えました。互いに弱点をカバーし合い、助け合い、勝つことを誇りにし、報われていたのです。

 一方、ボートクルーのレッドチームは、別の意味で目立っていました。ほとんどのレースで最下位に沈み、ほかのチームに大きく水をあけられていたのです。誰もがチームとしてではなく、個人として動き、ほかの隊員に腹を立てては、イライラを募らせていました。少し離れていても、怒鳴り合い、罵り合い、「おまえは務めを果たしていない!」と、誰かを責める声が聞こえていました。

 どの隊員も自分の苦しみや不快感にばかり目を向けています。レッドチームの指揮官も例外ではありません。彼はリーダーとしてチームが出した成績に対して責任があるのに、「それがどうしたの?」という顔をしています。「俺はツイていないだけだ。自分がどんなに頑張っても成績を残せないのは、駄目なチームを任されてしまったからだ。」

 そんなとき、ある教官が面白い提案をしました。

 「ブルーチーム指揮官とレッドチーム指揮官を交換したらどうだろう。」

 これを聞いたブルー指揮官は、明らかに不服そうでした。自分が作りまとめ上げたチームを離れることは嫌に違いありません。ブルーチームが残してきた成績にも胸を張っていたはずです。

 一方で、レッドチーム指揮官は明らかにうれしそうでした。「これでやっとダメなチームから解放される。俺は成績の悪い者が集まるクルーを任されていただけなんだ。自分がどんなに頑張っても、クルーを改善することはできない・・・。」

 そして、レッドチーム指揮官にとって、待望の指示が発せられます。教官から「ブルーチームを引き継げ」と命令されたのです。こうして、晴れてレッド指揮官はブルーチームを引き連れレースに参加しました。

 その結果は衝撃的なものでした。これまで最下位だったレッドチームは、新しい指揮官を迎えたこと以外、何もかもが同じ状況なのにも関わらず、最高のチームに変わったのです。罵り合いもイライラもどこかへ消えていました。

 このことは、責任感の核となる基本的かつ重要な真実を示すような決定的な実例です。出来の悪いチームなどないのです。出来の悪い指揮官がいるというだけです。

 指揮官はあらゆるチームの成績を司る唯一にして最大の要素だということです。チームの成功も失敗も、すべて指揮官にかかっています。指揮官の姿勢がチーム全体の雰囲気を作ります。チームの雰囲気を客観視すれば、それが指揮官の雰囲気だということです。チームの成績が伸びるのも、伸び悩むのも指揮官次第です。これは、チーム全体をまとめるトップの指揮官だけでなく、小さなチームを仕切る若手のリーダーにも当てはまります。

 私自身がボートクルー指揮官を務めた経験を振り返ると、失敗して力を出し切れなかったときも、成功した日もありました。私のクルーも成績が伸びず苦しんだ時もありましたが、それは指揮官が「ボートの先頭の一番難しいポジションに就いて、指揮を執るべきだ」と気付くまでの話でした。勝つためには、隊員を激しく、本人たちがやれると思っている以上に駆り立てなくてはなりません。

 こうして気付いたのです。先のことや遠くて見えないゴールではなく、目の前の具体的な目標、「100メートル先の海岸標識や道路標識」に目標設定したほうが遙かに効果的だということです。

神と仏編㉜

A「日常生活で苦しみ悶える者に対して、神はどうだ、霊はこうだと語り聞かせても進展はないのではありませんか?そうではなくて、彼らの窮乏に寄り添い、親身になって話を聞き、解決に導けるような言葉にこそ、彼らにとってふさわしい真理が含まれているのではないでしょうか。」

B「たしかにそのとおりです。霊の知識に触れて間もない者は、真理、真理と連呼し知識を語りたがります。その言葉は、たしかにそれを得た張本人からすれば真実であり光り輝く財産です。しかし、その光輝はあなたの内側にあって輝くのであって、外に出そうと言葉に表現した途端に錆び付きます。したがって、真理を表現する言葉というものは、真理にはなく、日常生活において涙する人を救うために出される言葉こそ真理なのです。」

神と仏編㉛

 ある隊員が語った軍事体験から得た教訓

 特殊部隊に身を置いていた頃の経験から、戦地における前線で最も危険なことがあります。それは、遮蔽物に身を隠さないことでも丸腰でいることでもありません。一番危険なことは、自分がパニックに陥ることです。パニックの恐怖心は、決断力や判断力を曇らせてしまうからです。

 パニックに陥らないようにするためには、自分がコントロールできることだけにエネルギーや時間を注ぐことです。アーチェリーの的のような二重の円があると想像してみてください。外側の円は、自分の関心事に関する円であり、的の中心にある小さな円は、自分が影響を与えることができる円です。

 多くの人が株式市場の動きやトイレットペーパーの在庫など、外側の円に時間やエネルギーを注いでしまいます。このような外側の円に属することは、自分のコントロール外のことです。これではエネルギーを使い果たし、人は簡単に潰れてしまいます。

 時間やエネルギー、努力を注ぐべきことは、自分が影響を与えられる小さな円に属することに絞るべきなのです。大きな円に属することに配慮し続けると、自分の言動を感情にまかせて決めてしまうことに繋がります。例えば、外国の状況に理由なく不安を感じたり、他人の動向に一喜一憂することは「外側の円」に入ります。しかし、それは自分のコントロール外の事柄なので「影響を与えられる円」には含まれません。

 一方で、人の多い場所への外出を避けることや、外出時にマスクと手袋を着用する、スーパーで買い占めはしない、などは、自分がコントロールできることなので「影響を与えられる円」に入ります。終わりが見えない状況下では、外側の円が大きくなっていくものですが、自分がコントロールできることや自分の影響下にあることは限られているものです。

 自分が影響を与えることができる中心の円に集中するのが、特殊要員が任務を遂行するために必要な基本的な心構えなのです。これは、私たちの普段の生活にも共通します。自分の世界を小さくし、時間も短く切って考える。特殊部隊の隊員を育成するための訓練では、身体を極限まで痛めつけ、疲労の極限に達したとき、その精神へどのような影響を与えるのか試されます。極限状態で自分よりもチームを大事にできるのかどうか、ということです。

 訓練の途中で脱落していく訓練生は、状況に耐えられなくなってしまうのです。つまり、自分の世界を小さくするのと正反対のことをしてしまうのです。「自分の世界を小さくする」というのは、「自分が影響を与えられる部分にだけフォーカスする」ということに重なります。惰性で続けているSNSを辞める、インターネットの使い方を見直し、自分にプラスになるものに絞る、くよくよ悩んでいた過去の出来事を手放し今に集中する。こうした精神的に活動について取捨選択し、「自分の世界を小さくする」ことが厳しい状況を乗り越える基本的な心構えといえます。

 特殊部隊の隊員を養成するための訓練に対しては捉え方が二つあります。ひとつは、180日間と考えること。もうひとつは、日の出入りが180回であるということです。丸いパイを見て、「一度にこれを全部食べなきゃいけないのか」と思うと意気消沈しますが、一切れずつ食べることに集中して、それを繰り返していけば、いつかは食べきれます。

 ネイビーシールズとして知られるアメリカ合衆国特殊部隊の訓練には、「地獄週間」というものがあります。これは日曜日の夕方から金曜日の午後まで続き、水曜日に2時間だけ睡眠時間が与えられます。これを5日間とまとめて考えるのではなく、食事時間で捉えるといった工夫をするのです。タスクや時間を消化できるサイズにして、どんなに身体が疲労していてもやることを小さく捉えて、諦めない。それだけなのです。

 第二次大戦中に捕虜となった隊員は、強制収容所に入っていた経験を語りました。クリスマスまでには収容所から出られるだろうと楽観的に考えていた人たちが、いつまでたっても解放や終戦の気配が見えず、少しずつ気力を失い死んでいったのです。一方で、生き残った隊員は、そのような考え方はせず、ただひたすら毎日を過ごし、終戦まで生き延び解放されました。

 これは、特殊任務に従事する隊員の考え方と重なります。世界を小さく自分のコントロールの範囲にして、時間軸を小さくすることによって予測がつかない状況を乗り越えるのです。

 特殊部隊で指揮官を務めた元隊員は、自分が軍隊で学んだことを一般の人々に伝えています。元隊員は、クライアントの一部が屈強な軍人がやってきて、ブートキャンプのようにチームのメンバーを怒鳴り散らすことを期待していることに気がつきました。「初期のクライアントの中には、『あなたがうちに来て、従業員を鍛え直してくれるのが待ち遠しいよ』と言った人もいました。私は、『そうですね。もし従業員を鍛え直してほしいのなら、別の人を雇うべきです。私は誰かを鍛え直すつもりはありません』と返答しました。」

 人に何かをしてもらいたいときに、鞭を打ってはなりません。打ちのめされた犬が残るだけで、打ちのめされた犬は役に立ちません。もしくは、打ちのめされた犬はあなたを噛むでしょう。そして、あなたが鞭を打っている人たち、奴隷のように扱われる人たちは、反旗を翻してあなたを死ぬほど苦しませるでしょう。

 「当時、私が所属していた部隊の指揮官は、専制的なリーダーで経験に乏しく、自信も足りませんでした。それを埋め合わせるために、彼は暴君のように振る舞っていたのです。彼の命令に隊員が質問をしても、彼は『いいからやれ』と返すだけでした。この隊員と同僚は、この指揮官に反抗しました。その指示に従うことを拒否し、司令官に彼らのリーダーは指揮官にふさわしくないと直訴したのです。」

 その結果、指揮官は解任され、別の人間に交代しました。

 「代わりに新しくやってきた指揮官は、経験豊富で能力も非常に高く、とても知的で同時に極めて謙虚でした。下で働く者にとっては素晴らしい人でした。そして、私たち全員が彼を喜ばせようとし、誇らしく思わせ、よく見せることだけを目指しました。2人のリーダーの違いを知り、私は『これは重要だ。気をつけなければ。』と思いました。」

 この隊員によると、人に指示に従うよう強いることは、しばらくの間なら機能するといいます。ただ、長期的にみて有効とは言えず、短期的に見てもメンバーの意見を聞いたうえで決断する方がうまくいきます。「こうするべきだと思うんだけど・・。」という声に対し、指揮官がその提案を検討し、「いいね、君の計画が気に入った。それでいこう。進めてくれ。」と決断する。この方が効果的です。

 なお、特殊作戦というものは予定通りには進みません。ほとんどの場合、予備策がうまくいくものです。このことから、日常生活においても仕事においても常に予備策を準備しておくことが賢明です。