償いと試練編⑮

 彼の妻の言動は利己的な動機に基づき行われ、自身の肉体の維持いう観点から最も都合がよい選択肢を選びます。

 ここで注意を必要とするのは、これは特に非難されるようなことではないということです。霊が地上の体験を享受する上で与えられた肉体は必要不可欠で貴重なものであり、その維持管理は当然にその所有者の義務として生じています。

 自分の肉体を大切にする。これは至極もっともな考え方であり、いたずらに肉体を痛めつけるような行いは避けるべきです。

 ただし、そこに優先順位や自由意志による選択の自由が存在するということです。自分の損害に関わらず、己の肉体の維持よりも他人を優先することは、それ自体が崇高な判断であるということです。

 彼の妻の行いというのは、極度に自分を守ろうとするものであり、同時に、そこへ利他的な動機を無理矢理当て込もうとすることで利己性をごまかそうとするので、理論が複雑化し周囲の理解を得られるものではなくなっていきました。

 彼と妻は結婚する前にアパートで同棲していましたが、彼は妻に預金通帳の管理を託してしまいました。妻は極度の物質性からお金を払って物を買うといった経済活動を行うことができません。また、その室内は妻の荷物であふれ返り、壁沿いに荷物が山積みにされていくといった状況でした。

 さらに彼が困ったのは食料です。妻は食料を買うことができません。もらった雑菓子やお米だけで過ごそうとします。茶碗一杯の卵かけごはんが夕食として出るだけまだましです。ひどいときは柿の種一粒に白米数粒というときもありました。

 彼は妻とアパートに同棲する前に、同棲する限りは結婚すると約束をしてしまったのです。約束した以上、破るわけにはいかないと考えていたのです。

 こうした背景も伴って、一向に改善されない彼の妻のそのような言動に対し当時の彼はおおいに怒り、憤慨しました。

 「なぜあのようなことをするのか」あるいは「なぜしないのか」と彼女を怒鳴りつけた結果、彼女は跪き泣き伏しました。

 彼はこのとき気づかなかったのです。彼が妻を怒鳴りつけた行いは、かつて彼が母親からされた行いと全く同じであるということに。

 これは、彼の自我が未熟であるために彼女に働いた重大な罪のひとつでした。

 天の御父は、とても哀れみ深い方であるといいます。彼の妻を一人にさせないように、彼の妻を補佐するため、御父は彼にあてがえたのと同じように彼の妻にも補佐する者を派遣しましたが、その者たちの中で、直感やインスピレーションとして日常的に彼女とコンタクトしメッセージを伝達しやすいのは、彼の妻と類をともにするような低き自我達でありました。

 彼女を日常的に補佐する低き自我達は、地上の環境と波長が近いという意味で低いのです。地上の者と波長が似ているのです。だから、通信も行いやすいのです。彼女と性格をともにするので、彼女の考えを理解でき、理解できるからこそ的確に援助できうるのです。

 彼女と同じような低き自我でなければ、彼女をよく理解できず、彼女へ声も届かず、彼女をうまく援助できないのです。

 やがて、彼の妻を補佐する自我は彼女を守るため、彼の周囲の者に影響を及ぼすようになります。その結果彼は極めて窮乏においこまれることになるのです。

 しかし、これらの行程はすべて彼の向上進化について責任を有する者達が、彼にとって必要と言った体験です。そこには御父も関わっているのです。

 御父が必要と言われたものを、どうして人の子が要らないと言えるのでしょうか。

 彼と彼の妻は、やがて彼の肉体が成長した実家で、悪い木達と同居することとなります。

 彼を補佐する者達は常に傍らで控えておりますが、彼以上に慟哭の涙に溢れ咽び泣いておりました。彼の霊が目覚めるために必要な試練、多くは暗黒の体験ですが、が待ち受けていることを知っているからです。

 そこで彼に辛酸をなめさせることで、大いなる御父であり、公平公正な存在が我が子らの成長のために創造せし真理を彼に行き渡らせるため、どうしても避けては通れない道だったのです。