償いと試練編⑯

○結婚1年目

 彼が地上に降りて30年を向かえる頃、彼の父(A)の弟(D)が死亡しその肉体から離れました。

 Dは生前定職に就くことがなく生活を送ることに困難があったことから、Aから時々生活費を工面してもらっていました。

 彼の母(B)は面白くありませんでした。

 当初、Bは同居状態であったDへ生活費を渡していましたがいつしかそれもやめ、さらにDを家から追い出し、Aが金銭を出そうとすると厳しくこれを咎めました。

 そして、最終的にAは彼の安逸が失われることを恐れ、Dを家から追い出すことに同意したのです。

 Dにとっては、A一家が住む家は生まれ故郷です。追い出されたとしても行く当てのないDはたびたび里帰りするも、玄関にあげられることもなく追い返されてしまいました。

 Dの生前、彼が成人し働き出した頃に、偶然彼は叔父のDを見かけました。

 彼とDはそれまで面識はありませんでしたが、一目見てこの人が父であるAの縁者だと直感しましたが、声はかけませんでした。

 このとき、Dは生活保護の手続きを担当する職員と一緒だったのです。彼の脳内で計算が働きました。

(私はこの人を知っている。生活に難があると言うことも知っている。しかし、ここで話しかければ援助を求められることになる。それでは、正直面倒だ。)

 かつて彼の母親であるBがそうしたように、彼は勝手に考える世間体を作りだし、それを守ろうとしたのです。

 こうして、苦しむ者であるDを彼は救いませんでした。

 あとになっても、そのことが彼の脳裏から離れることはありませんでした。