償いと試練編㉝

○ 結婚8年目11月

 この頃、彼の家族による彼への迫害はエスカレートする一方でした。

 そこには、彼の守護霊によって、彼を苦しめることを許された一人の悪き霊が関与しており、その霊は彼の父母や妻の口を使うことによって彼を罵倒し、また挑発し続けました。そうすることで彼の精神を崩壊させ、ひいては家庭を崩壊させることで、かつてその霊が地上で味わった屈辱と同じ体験を彼に味合わせようとしたのです。それこそ、彼の崩壊を望むこの悪しき霊の痛快事でした。

 こうして、彼の父母と妻は苦しむ彼にさらに苦しみを与える者と化したのです。

 それは、ある満月の夜でした。

 彼の妻を許すことができない彼の父母は、彼の妻に言っても埒があかないとわかると、それが彼を苦しめることであるとは知らずに彼へ日常の不満を訴えたのです。そのいずれも彼には解決できないものであり、彼にはどうしようもできず、聞くことしかできませんでした。

 また、父母の口から出る言葉は矛盾だらけでした。それもそのはずです。彼の父母は事態が好転することを願って彼へ苦情を申し出ているのではありません。単に、自身の腹の虫が治まらぬから、言って聞いてもらえる人に文句を言っているだけなのです。

 彼は一切反論しませんでした。なぜなら、できない者に対して「やれ」と言うことは言われた者に苦しみを与えるものであり、人を苦しめた以上、同じ方法で苦しむことを知っているからです。彼の父母に対して、文句を言うな、と言っても、それはできないことでしょう。

 彼は、妻と父母との間に立ち続けました。そのことが、父母のためになると願いながらです。

 彼らは息子が黙って聞き、何ら反論しない姿勢に勢いづきました。このころの彼の父母の発言は次のとおりです。

「なぜなにも言わないのか」

「お前のことが心配だからこう言っているのだ」

「物事がよりよい方向に進むことを願ってこう言うのだ」

 やがて、彼の父は酒が入るようになりました。そして、彼に対し実現不可能なことを要求し始めたのです。いずれも、彼の妻に関することです。彼にはどうすることもできません。

 彼はうつむき、黙って聞いていましたが、やがて耐えきれず上着をつかむと外へ出ました。かねてから引いていた風邪は治りかけていましたが、彼の体調は万全ではなく、周囲は肌寒くありました。

 彼は行く当てもなく夜道をさまよい歩きました。

 彼には、父母の口をかりて迫害の言葉を投げているのが、ひとつの悪い自我であることは分かっていました。しかし、彼は先が見えない状況に不安になり、この現実に大いに苦しんだのです。

 しばらくして、彼は神に祈ることを思い出し、人目につかない場所で祈るため坂道を下り、やがて田のあぜ道にたどりつきました。ふとみると、空には満月が煌々と彼の行く道を照らしていました。神は人が夜間も困らないよう太陽の光を反射する月を配置することで、人々の足元を明るく照らしてくださった。その輝かしき月光ほど夜道で頼りになるものはなく、その穏やかな明かりは、彼の心を慰めました。それに比べると、人工の光というものは小さく頼りない、心細いものです。

 彼は、彼の父に苦しめられたいつかの夜も、このように満月であったことを思い出しました。

 そんな彼に、帰宅してしばらくたった後、父の言葉が突き刺さります。

「逃げるんじゃない。」

 誠に言いますが、このとき家庭を円満に保とうと耐え忍んでいたのは彼であり、酒に頼り、またはストレスを解消させることだけに主眼を置いていたのは彼の父母でした。彼の父母は、口では息子の心配をする態度をとりながら、その腹の中は、日常の不満のはけ口として利用しようとしていただけだったのです。