崩壊と創造編⑩

 私たちの実体に関する真実を知った者、あるいは見た者はその程度に応じた勇気を得ます。しかし、こうした真実を得るには対価を支払わなければいけません。その対価とは、犠牲を払うことです。

 地上において誰かの霊が誰かに苦しめられるとき、その苦しみを救うということは、苦しみを与えている霊に働きかけを行うということになります。

 そして、苦しみの原因となる霊が追い出されたとき、追い出された霊は救済者に刃を向けなおします。彼らは救済者に追い出されたことをよく思わないので、この救済者に復讐をしようとするのです。かつてナザレのイエスが、苦しむ者から追い出した悪霊に苦しめられたのと同じ構造です。

 しかし、悪霊は救済者の霊そのものに干渉することは許されていません。その代わり、救済者の周辺の環境を操作することで、すなわち、救済者の肉体を苦しめることで間接的に救済者の霊を追い詰めようとします。

 

 ある夜、彼は夢の中にいました。彼は何かの必要に迫られて、自衛隊、あるいは消防本部のOBを調べています。書類を調べたところ、関係者の一人が判明し、その関係者の一人の証言により、そのOBの家族の連絡先が分かりました。彼はその関係者と一緒に家族が住む家に向かいます。

 そのOBの家族が住む家は武家屋敷のような立派な平屋家屋で、入り口の前に見事な門構えが備わっていたと記憶しています。彼は玄関先で待機し、先に関係者が玄関で家族と話しているのを聞いていました。彼の位置からは、関係者及びOBの家族と思われる30代くらいの女性と、その隣に高齢の女性が立って話をしているのが見えます。その会話が彼にも聞こえてきます。

 関係者「○○(OB氏名)さんを探しているのですが、連絡先は分かりますか?」

 高齢の女性「○○の連絡先を知っている人の電話番号なら分かります」

 教えてもらった電話番号に関係者が電話をかけます。電話は繋がったらしく、関係者が説明を始めます。

 その電話内容を聞いていた彼は、ふとその高齢の女性の証言に信憑性がないことに気付きました。そして、そのことを女性に指摘しなければならないことを直感したのです。彼は足を進めました。

 関係者が電話で話を続ける横を通り過ぎ、彼は高齢の女性ではなく、30代の女性に向かいます。その女性が真相を知っていると感じたからです。

 彼「私、○○市の○○と申します。」

 彼は目の前に立つ30代の女性に話しかけました。この女性は身長165㎝くらいで髪の毛は肩までのストレート、典型的な和風の顔立ちで、どこか憂いを帯びています。赤いタートルネックの長袖のスウェットを着ており、それが印象的で下半身の服装については、何か黒いズボンのようなものを着ていたな、程度でよく覚えていません。その夢の中の世界は当初から薄暗く、陰鬱な印象でしたが、この家の玄関に入った途端、と言うより、この30代の女性に向かい合った途端、その陰鬱さは薄気味が悪いほどになりました。まるで、日本のホラー映画を見ているような感じです。

 彼「申し訳ありませんが、すでにこのOBの方はいないのではありませんか。」

 このように彼が指摘した途端、その30代の女性の表情が変わりました。その表情を、彼は地上でよく目にします。まるで、まずいことを指摘された時のような顔、個人的に恥ずかしい事実を明らかにされたときのような恥と恨みが混ざったような顔、彼のことを決してよく思わない顔です。

 すると、この女性は無言で、おもむろにタートルネックの首の部分を額まで引き上げ顔を隠しました。その光彩な赤が印象に残ります。彼女は、赤いのっぺらぼうのまま彼を凝視します。それは周囲の環境と合わせ、とても薄気味悪い存在でした。彼には分かります。以前の彼であれば、恐怖におびえ、その心臓は早鐘のように鳴り響き、大量の汗とともに眠りから覚めたでしょう。しかし、この時の彼は不思議と冷静でした。目の前の女性を冷静に観察することが出来ていたのです。すると赤いタートルネックで顔を隠した女性は消えていきました。彼の認識で捉えられなくなっていった、と言った方が正しいかも知れません。それと同時に、彼は眠りから覚めました。目の前には、やはり薄気味悪い地上で彼が住居とする家の天井が見えます。周囲はまだ暗闇です。

 彼が眠りから覚めた途端、彼のその日常生活に伴う苦しみの原因が、この30代の女性である可能性が高いことを悟りました。その手段は、彼の妻の脳に影響を及ぼすことで、彼の精神に悪影響を与えるような言動を取らせるであろうといったことです。

 このことは次の結論に帰結します。すなわち、彼の妻はこのような暗い霊の世界に住む者たちからの意思操作を受けた、最大の被害者であるということになるのです。

 しばらくして、目覚めた彼に妻の声が届きます。それは以前のように刺々しい響きはありません。彼の妻は被害者であることを考慮すると、恨みよりも同情の念が沸き起こるからです。

 彼の良心の声は言います。「この妻を恨んではならない。この妻は犠牲者であり、操作される者である。この妻を心から同情するべきである。」