神と仏編㉚ー9

 訓練の9週間目は、「ヘル・ウィーク(地獄の週)」といわれています。6日間眠らずに体と精神を継続的に酷使し、残る1日は干潟での特別な日が用意されています。その干潟は、泥に飲み込まれてしまいそうな沼地です。

 干潟まで船をこいでいき、それから15時間にわたり凍える寒さと吹きすさぶ風、そして指導官から見捨てられるというプレッシャーに耐えなければならないのは地獄でした。

 太陽が沈み始めると、私のクラスは「実にひどい違反行為をした」として、泥の中に入るよう命じられました。泥は男たちを飲み込み、頭だけが見える状態になりました。指導官は、辞める人間が5人出れば、皆を泥から出してもよいと提案してきました。たった5人でよいのです。5人が諦めれば、私たちは過酷な冷たさから解放されるのです。

 干潟を見渡すと、すでに数名の訓練生が諦めかけていました。しかし、太陽が昇るまでまだ8時間以上あります。

 これから8時間は骨まで凍える寒さが続くということです。訓練生たちのガチガチという歯の音や、寒さであげるうめき声があまりに大きく、何も聞こえなくなるほどでした。

 そんなとき、ある声が夜の中に響き始めました。その声は歌っていました。歌はまるで音程が外れていましたが、とても熱意にあふれたものでした。歌声はひとつだったのがふたつになり、ふたつが三つになり、すぐにクラス全員が歌い出しました。指導官たちは、歌い続けるともっと長く泥につからせると脅してきましたが、私たちは歌い続けました。すると、どういうわけか泥が少し暖かく感じられ、風は弱まり、夜明けが近いような気がしてきたのです。

 私が世界を旅して学んだことがあります。それは希望の力です。ひとりの人間が持つ力です。ひとりの人間が誰かに希望を与えることで世界を変えられるのです。だから、世界を変えたければ、たとえ首まで泥に浸かったとしても歌い始めるのです。

 最後に、シールズの訓練所には鐘があります。訓練生がどこにいても見えるよう、訓練所の中央に吊された真鍮の鐘です。訓練を辞めたくなったら、この鐘を鳴らすのです。鐘を鳴らせば、もう朝5時に起きる必要はありません。鐘を鳴らせば、凍えながら泳ぐ必要もありません。鐘を鳴らせば、もう長距離走や障害物コースに悩まされることも特別訓練を受ける必要はなくなり、訓練のつらさを我慢しなくてよいのです。

 鐘を鳴らすだけでよいのです。しかし、世界を変えたければ、決して、決して鐘を鳴らしてはいけません。諦めてはいけません。

 皆さんはまもなく卒業し、あなた方の人生の旅が始まります。まもなく、世界をよりよく変える時がやってきます。それは簡単なことではありません。しかし、あなた方は次世代の8億人の人生に影響を与えることができる卒業生です。

 日々、小さな仕事を完了させることから始めてください。人生を通してあなた方を助けてくれる人を見つけてください。すべての人を尊敬してください。人生は決して公平ではありません。何度も失敗するでしょう。

 しかし、危険を冒し、苦しいときほど立ち上がり、虐げられる者を助け、そして、決して諦めないなら、次の世代、その次の世代も今よりずっとよい世界に暮らすことができるでしょう。ここから始まるものが、本当に世界をより良く変えることでしょう。